大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成元年(ネ)1685号 判決 1990年11月27日

控訴人

大久保和雄

右訴訟代理人弁護士

小野誠之

被控訴人

エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

日本における代表者

得平文雄

被控訴人

大同生命保険相互会社

右代表者代表取締役

吉澤欣一

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士

瀬浪正志

被控訴人

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右訴訟代理人弁護士

長澤正範

被控訴人

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

江頭郁生

右訴訟代理人弁護士

川瀬久雄

三宅雄一郎

主文

一  控訴人の被控訴人らに対する本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  本件を京都地方裁判所に差し戻す。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

左記のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決五枚目裏九行目から同六枚目裏五行目までを次のとおり訂正する。

「7 よって、控訴人は、

(一)  被控訴人エイアイユーに対し、その第一、第二契約に基づき、後記破産宣告を受けた昭和六二年二月一二日以降の入通院、後遺障害により生じた、

(1) 右第一契約の入院保険金三六万円(四万五〇〇〇円×八日)、通院保険金四万五〇〇〇円(二万二五〇〇円×二日)、後遺障害保険金三〇〇〇万円(最高額一億五〇〇〇万円の二〇パーセント)の合計三〇四〇万五〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年三月一五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、

(2) エイアイユー第二契約の入院保険金八万円(一万円×八日)、通院保険金一万円(五〇〇〇円×二日)、後遺障害保険金二〇〇〇万円(最高額一億円の二〇パーセント)の合計二〇〇九万円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

(二) 被控訴人大同生命に対し、大同契約に基づき、前記破産宣告を受けた日以降の後遺障害により生じた高度障害保険金三〇三〇万円(最高額一億五一五〇万円の二〇パーセント)およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

(三)  被控訴人安田火災に対し、安田契約に基づき、前記破産宣告を受けた日以降の就業不能、後遺障害により生じた所得補償保険金三三三万三三三三円(五〇万円×六か月二〇日)、後遺障害保険金一〇〇〇万円(最高額五〇〇〇万円の二〇パーセント)の合計一三三三万三三三三円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

(四)  被控訴人日動火災に対し、日動契約に基づき、前記破産宣告を受けた日以降の入通院、後遺障害により生じた、

(1) 自損事故条項の医療保険金八万八〇〇〇円(六〇〇〇円×八日+四〇〇〇円×一〇日)、後遺障害保険金二八〇万円(最高額一四〇〇万円の二〇パーセント)の合計二八八万八〇〇〇円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

(2) 搭乗者傷害条項の医療保険金一四万円(一万五〇〇〇円×八日+一万円×二日)、後遺障害保険金二〇〇万円(最高額一〇〇〇万円の二〇パーセント)の合計二一四万円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

支払をそれぞれ求める。」

二  控訴人の主張

1  左記のとおり、本件各保険契約に基づく保険金請求権は、破産法六条一項の「破産宣告ノ時ニ於テ有スル」財産にも、同条二項の「将来行フコトアルヘキ請求権」にも該当せず、控訴人に属する自由財産というべきである。

(一) エイアイユー第一、第二契約、大同契約、安田契約中後遺障害保険契約、日動契約は、いずれも傷害保険契約である。そして、この種の保険契約は、急激かつ偶然な外来の事故により被った身体の傷害を保険事故とするが、入院保険金については、さらに「その直接の結果として、生活機能または業務能力の滅失をきたし、かつ医師の治療を受けた場合は、その状態にある期間に対し」支払われるもの(傷害保険普通保険約款第七条)とされる。また、後遺障害保険金の支払は、「その直接の結果として、事故の日から一八〇日以内に後遺障害(身体に残された将来においても回復できない機能の重大な障害または身体の一部の欠損で、かつ、その原因となった傷害がなおった後のものをいいます)が生じたとき」に「別表(2)の各号に掲げる割合を乗じた額」で支払うものとされている(同約款第六条)。すなわち、右各保険契約は、保険事故を原因とし、その結果身体傷害が一定の状態に達したときに、初めて保険金請求権が具体化し、その請求が可能となるところ、控訴人が右各契約に基づき本訴において請求する保険金は、いずれも破産宣告後に発生した生活上の機能喪失、労働力喪失の事由に対し、その損害填補ないし生活水準の目減りの補償という性質を有するから、破産者に帰属する自由財産というべきである。

(二) 安田契約中の所得補償保険契約は、「身体傷害」のために「就業不能」となり、その場合に生じた「損失」について保険金を支払うもので、身体傷害は保険事故ではなく、保険事故の原因にすぎない。したがって、就業不能による損失が生じない限り保険金は支払われない。控訴人が本訴において請求している所得補償保険金は、破産宣告後に、就業不能に陥ったため、失った所得の補償にあり、右保険金が自由財産として破産者個人に属すべきものであることは明らかである。

2  右のとおり、本件各保険契約に基づく抽象的保険金請求権は、被害の発生の時点において具体化するのであるから、破産宣告後の被害に対する保険給付は破産者の自由財産とすべきで、これが破産財団に属すると言うのは、著しく公平の観念にもとる。このように解すべきことは、判例・学説上、退職金請求権について、破産宣告後に生ずる、継続勤務に対する賃金後払いとしての分ならびに交通事故による逸失利益損害賠償請求権につき破産宣告後に生じた分がいずれも破産財団に属さないと解されていることにより明らかである。

三  被控訴人らの主張

争う。

1  保険金請求権は、保険事故の発生と同時に単一の債権として発生し、その後の推移は右債権について予め契約時に合意された方法による当該債権の数額を算出するための材料にすぎない。

本件各保険契約に基づく保険事故が破産宣告前に発生している以上、右各契約に基づく請求権は破産法六条一項に該当し、破産財団に属する。

2  仮に、しからずとするも、右保険金請求権は、少なくとも、破産法六条二項にいう破産宣告前に生じた原因に基づく請求権に該当することは明らかである。

保険金請求権は有償双務契約である保険契約に基づき発生する請求権であり、保険事故発生時までに支払われた保険料と対価関係に立つものである。

しかも、本件各保険契約の保険事故がいずれも破産宣告前に生じており、しかも対価である保険料も右宣告前に支払われているのであるから、これに対応する保険金請求権が右宣告前の原因により生じたと解すべきは当然である。

3  控訴人は、退職金請求権及び交通事故による逸失利益損害賠償請求権について、破産宣告後に生ずる分が自由財産に属すると解されているとして、本件各契約に基づく保険金も右宣告後の逸失利益に対応する分については同様に解すべきであると主張する。

しかしながら、右退職金については、同金員が賃金後払いの性質を有し、対価たる労務が破産宣告後になされており、その取得原因が右宣告後にあるからこそ右のように解し得るのである。これに対し、有償双務契約である保険契約の保険料は破産宣告前に支払われているのであるから、保険料の対価である保険金請求権も又当然破産財団に帰属するというべきである。

また逸失利益の損害賠償請求権は、加害行為による傷害によって、同時点で具体的権利として発生しており、ただ、その数額が事後的に確認され、数額化されるにすぎないことは、保険金請求権の場合と同じである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし4(本件各保険契約の成立)の事実は、エイアイユー第一契約及び大同契約の各締結日を除き、いずれも控訴人と当該各被控訴人との間に争いがなく、争いのある右各契約の締結日は、控訴人と被控訴人エイアイユー及び同大同生命との間に争いのない右各契約の保険期間及び弁論の全趣旨によれば、昭和六一年五月一日以前であったことが認められる。

二ところで、控訴人が昭和六二年二月一二日、京都地方裁判所(同庁同年(フ)第五号)において破産宣告を受けたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、その破産管財人に加藤英範が選任された事実が認められるところ、控訴人は、本訴において右破産宣告を受ける以前の昭和六一年九月四日、車両運転の単独事故(本件自損事故)により受傷し、その治療のため同日から同月二五日までと、同月三〇日から同六二年二月一九日まで入院治療を受け、同月二四日から同六三年八月一〇日までの間に一〇日以上通院治療を受けたものの併合一〇級の後遺障害を残したとして、被控訴人エイアイユーに対し、その第一、第二契約に基づき、破産宣告を受けた昭和六二年二月一二日以降の右入通院、後遺障害により生じた各保険金、被控訴人大同に対し、大同契約に基づき、前同日以降の右後遺障害により生じた高度障害保険金、被控訴人安田火災に対し、安田契約に基づき、前同日以降の就業不能により生じた所得補償保険金と、後遺障害により生じた後遺障害保険金、被控訴人日動火災に対し、日動契約に基づき、前同日以降の右入通院、後遺障害により生じた各保険金を、それぞれ請求するものである。

これに対して被控訴人らは、控訴人の本件各保険契約に基づく保険金請求権が破産宣告前に発生したもので、破産法六条一項、少なくとも同条二項に該当し、いずれにしても破産財団に属するから、破産管財人が本訴の訴訟物につき当事者適格を有し、控訴人にはその適格がないと主張するので、検討する。

なお、弁論の全趣旨によれば、破産者である控訴人の破産管財人加藤英範は、本件各提訴に先立ち、京都地方裁判所に、被控訴人エイアイユーに対し第一、第二契約に基づき(同庁昭和六二年(ワ)第二八五〇号)、被控訴人大同生命に対し大同契約に基づき(同第三一三九号)、被控訴人安田生命に対し安田契約に基づき(同第二七一三号)、いずれも控訴人が本件自損事故により受傷したとして、その結果生じた入通院、後遺障害、就業不能による保険金の発生を請求原因として保険金請求訴訟を提起し、現に同裁判所に係属していることが窺われる(以下一括して「別訴」という。)。

すると右別訴は破産管財人による法定訴訟担当として、その判決の既判力が控訴人に及ぶ関係にあるものの、別訴における破産管財人(原告)と本訴における破産者(控訴人)とは、破産宣告時を基準にして訴訟の対象とされている権利が破産財団に属するときには破産管財人に訴訟追行権が付され、その権利が自由財産に当たるときには破産者が同追行権を有する関係にあるから、以下ではまず本訴において控訴人の主張する本件各契約に基づく保険金請求権が自由財産に属するか否かを、控訴人の主張自体に即して検討を加え、控訴人の当事者適格の有無につき判断することとする。

そこで、本件各保険契約の約款の定め、及び右各保険契約の性質に照らして、控訴人の主張を前提としたならば、右各契約に基づき生ずることのあるべき保険金請求権が何時、どのような態様で発生し、何時履行期が到来すると解すべきかを考察することとするが、その前提として、本件各保険契約における保険約款の内容につき検討する。

1  <証拠>及び右当事者間に争いがない事実に、弁論の全趣旨を総合すると、

(一)  エイアイユー第一、第二契約は、普通傷害保険契約であり、その約款第一条一項には、「当会社は、被保険者が(略)急激かつ偶然な外来の事故(略)によってその身体に被った傷害に対して、この約款に従い保険金(死亡保険金、後遺障害保険金および入院保険金をいいます。)を支払います。」との記載があり、同第六条には、後遺障害保険金の、同第七条には、入院保険金の各支払条件及びその額の算定基準が、同第二一条には、被保険者が被控訴人エイアイユーに保険金を請求するに当たり提出すべき後遺障害診断書、入通院日数証明書等の書類が定められており、同第二三条一項には、右被控訴人は被保険者が前同第二一条一項の請求手続をした日から三〇日以内に保険金を支払う旨、ただし、右被控訴人が右期間内に必要調査を終えられなかったときは、これを終えた時に遅滞なく保険金を支払う旨の定めがある。

(二)  大同契約は、医療保険付生命保険契約であり、控訴人主張の高度障害保険金に関し、その定期保険普通保険約款第二条一項には、被保険者が給付責任開始の日以後に発生した傷害によって保険期間中に、例えば両眼の視力完全永久喪失など所定の高度障害状態となった場合に、死亡保険金と同額を保険金受取人に支払う旨定められている。また、同約款第四条二項には、保険金受取人は、高度障害保険金の支払事由が発生した場合には、すみやかに請求に必要な書類を被控訴人大同に提出すること、同条四項には、右被控訴人による調査又は診断のため特に日数を要した場合を除き、請求に必要な書類が右被控訴人の本社に到達した日の翌日からその日を含めて五日以内に保険金を支払う旨定められている。

(三)  安田契約は、所得補償保険契約に、傷害による死亡、後遺障害担保特約条項が付されたもので、所得補償保険普通保険約款第一条には、「当会社は、被保険者が傷害(略)を被り、そのために就業不能になったときは、この約款に従い被保険者が被る損失について保険金を支払います。」と、第二条には「(1)傷害 被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故によって被った身体の傷害をいいます。」とそれぞれ定められ、また同条(4)ないし(6)には、就業不能開始日から右の状態が継続する当初の約定期間(安田契約では一四日間)を免責期間とし、右期間終了日の翌日から約定の期間(安田契約では一二か月)を填補期間とし、右期間内における被保険者の就業不能日数を就業不能期間とする旨定められ、第五条において右就業不能期間に対し被保険者に保険金を支払う旨それぞれ定められている。そして、同第二四条には、被保険者が就業不能でなくなった日等から三〇日以内に身体障害及び就業不能を証明する医師の診断書等を提出して保険金請求を行うことが、同第二五条には、被控訴人安田は、原則として被保険者又は保険金受取人が右請求手続完了日から三〇日以内に保険金を支払う旨定められている。

また右約款の特約条項第一条には、「当会社は、被保険者が所得補償保険普通保険約款第二条第一号の傷害(略)を被りその直後の結果として傷害の原因となった事故(略)発生の日から一八〇日以内(略)に後遺障害(略)が生じたときは、この特約条項に従って保険金(死亡保険金および後遺障害保険金)を支払います。」と定められ、その履行期については、第一三条において右所得補償保険普通約款を準用している。

(四)  日動契約は、自家用自動車保険契約で、同約款第二章自損事故条項第一条一項には、「当会社は……自動車(略)の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害(略)を被り、かつ、それによってその被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法第三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合は、この自損事故条項および一般条項に従い、保険金(死亡保険金、後遺障害保険金、(略)医療保険金をいいます。(略))を支払います。」と、同第四章搭乗者傷害条項第一項には、「当会社は、(略)搭乗中の者(略)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害(略)を被ったときは、この搭乗者傷害条項および一般条項に従い保険金(略)を支払います。」とそれぞれ定められている。また同約款第六章一般条項二〇条一項には、保険金請求権が次の時から発生し、行使できる旨定められている。

(1) 自損傷害に関し、後遺障害保険金については、被保険者に後遺障害が生じた時、

医療保険金については、被保険者が平常の生活もしくは業務に従事することができる程度になおった時または事故の発生の日を含めて一六〇日を経過した時のいずれか早い時、

(2) 搭乗者傷害に関し、後遺障害保険金については、被保険者に後遺障害が生じた時または事故の発生の日を含めて一八〇日を経過した時のいずれか早い時、

医療保険金については、自損傷害と同旨、

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右で認定したところに基づき、本件各保険契約に基づく保険金請求権の性質につき検討した上で、右債権が破産法六条一項、又は二項にいう破産財団に属する債権に当たるか否かについてみることとする。

(一)  まず、エイアイユー第一、第二契約、安田契約中の後遺障害担保特約条項(以下「後遺障害特約」という。)、日動契約は、右で認定した、それぞれの約款によれば、いずれも傷害保険の性質を有するところ、右保険は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に被ったことを保険事故とし、その結果生ずる入院、通院、後遺障害等は単なる支払条件にとどまるものと解される。そしてこれらの保険金の履行期は、保険金受取人が保険者に対し、右支払条件を証明する診断書等を提出して請求をした日から原則として三〇日以内とされ(エイアイユー第一、第二契約、安田契約中後遺障害特約)、或いは、後遺障害に関し、その発生した時、入通院に関し治癒した日か事故日を含め事故後一六〇日を経過した日のいずれか早い日とされており(日動契約)、これらの事実に鑑みると、右各保険規約に基づく被保険者の保険金請求権は、右保険事故の発生と同時に、約款所定の支払条件の生起を停止条件とする債権が発生し、右条件成就後約款所定の履行期の到来をもってこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。

(二)  次に、大同契約は、医療保険付生命保険をその内容とし、前記で認定した定期保険普通保険約款中の高度障害保険金支払条項によると、傷害によって所定の高度障害状態になったことを保険事故とするものと解される。そしてその履行期は、原則として、保険金受取人が診断書等所定の書類を提出して請求し、被控訴人大同の本社に右書類が到達した日から起算して五日以内とされている。

右の事実に鑑みると、大同契約に基づく高度障害保険金請求権は、傷害又は疾病によって保険期間内に所定の高度障害状態になったという保険事故の発生と同時に発生し、その後約款所定の履行期の到来をもってこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。

(三)  安田契約中所得保障保険約款に基づく保険は、被保険者の傷害そのものではなく、右傷害のために発生した就業不能を保険事故とし、それにより被った実際の損害を保険証券記載の金額を限度として填補することを目的とした損害保険の一種というべきであり(最高裁平成元年一月一九日一小法廷判決、判例時報一三〇二号一四四頁)、その履行期は、前記認定の右約款によれば、保険金受取人又は被保険者による、所定期間内の請求手続完了後三〇日以内である。

右の事実に鑑みると、右保険金請求権は、右就業不能という保険事故の発生と同時に発生し、その後約款所定の請求手続完了後における履行期の到来をもってこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。

3  そこで、右1、2で認定、説示したところに基づき、右各保険金請求権が破産法六条一項、または二項に該当し、破産財団に属するものか否かにつき検討する。

まず傷害保険としての性質を有するエイアイユー第一、第二契約、安田契約中後遺障害特約、日動契約に基づく保険金請求権は、前記控訴人の主張によれば、その保険事故である、「急激かつ偶然な外来の事故による身体傷害」が本件破産宣告前既に発生し、右時点において停止条件付債権として発生していることになるから、少なくとも破産法六条二項にいう破産宣告前に生じた原因に基づき将来行うことあるべき請求権に当たるものといわなければならない。

次に、安田契約中所得保障保険約款に基づく保険金請求権は、控訴人の主張によれば、その保険事故である、「被保険者の傷害のために発生した就業不能」が本件事故日である昭和六一年九月四日、控訴人が入院治療を受けたことにより発生していることになり、右時点において債権として発生し、その後約定の免責期間を経て就業不能状態が継続することにより具体的な数額が確定し、その履行期が破産宣告後に到来することがあるにとどまるというべきであるから、右保険金請求権も又少なくとも破産法六条二項に該当する債権と解するのが相当である。

これに対し、控訴人が本訴において請求する大同契約に基づく保険金請求権は、傷害により所定の高度障害状態になったことを保険事故とするものであるところ、控訴人の主張によると、控訴人は、破産宣告を受けた昭和六二年二月一二日から一週間後に入院先を退院し、その月の二四日から翌六三年八月一〇日までの間に一〇日通院治療を受けて、併合一〇級の後遺障害を遺したというのであるから、右請求権が自由財産に属する旨の控訴人の主張を前提とする限り、控訴人が右訴えにつき当事者適格を有することは否定できないものの、本件自損事故の傷害により所定の高度障害状態になっていないことは控訴人の右主張自体によって明らかである。

なお控訴人は、その主張を前提とすればエイアイユー第一、第二契約、安田契約、日動契約に基づき生じることのあるべき保険金中破産宣告後の入通院期間に相当する分及び右宣告後の就業不能、後遺障害分が自由財産に属する理由として退職金請求権中破産宣告後の賃金相当分が自由財産に属すると解されていること及び不法行為に基づく逸失利益損害賠償請求権中右同様の分を自由財産に属すると解すべきことを挙げるけれども、退職金につき右のように解されているのは、それが賃金後払いの性質を有し、破産宣告後の労務の対価として発生した分は、まさに右宣告後の原因によって生じたからにほかならないし、逸失利益損害賠償請求権については、もともと事故の発生時点において不法行為による損害賠償請求権の総てが発生していると解するのが相当であるから、控訴人のこれらの点に関する主張は失当といわなければならない。

4 そうすると、控訴人の主張自体によっても、大同契約以外の本件各保険契約に基づく保険金請求権は総て破産財団に帰属することになるから、控訴人は、被控訴人エイアイユー、同安田火災、同日動火災に対する本件訴えの当事者適格を有しないことが明らかであり、また被控訴人大同生命に対する本訴請求は失当といわなければならない。

三よって、控訴人の被控訴人エイアイユー、同安田火災、同日動火災に対する本件訴えはいずれも不適法であるから、却下すべきであり、また、被控訴人大同生命に対する本訴請求は失当であるから棄却すべきである。したがって、原判決中右被控訴人大同生命に対する請求に関する訴えを不適法として却下した部分は失当であって、本来ならば取消されるべきであり、民訴法三八八条によれば、かかる場合、控訴裁判所は事件を第一審裁判所に差戻すことを要する旨規定されているけれども、右規定の趣旨は審級の利益を保障することにあるから、本件のごとく、本案についてその理由のないことが控訴人の主張自体から明らかであり、事実の認定そのものについて審級の利益を保障すべき実質的理由のない場合には、敢えて第一審に差戻す必要はないものと解される。しかしながら、原判決を取消して請求棄却の判決をすることは、原判決よりも控訴人に不利益となり、民訴法三八五条により、原判決を控訴人の不利益に変更することは許されないので、当裁判所は原判決の結論を維持するほかない。

そうすると、右と結論を同じくする原判決は相当であるから控訴人の被控訴人らに対する本件各控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田眞 裁判官福永政彦 裁判官鎌田義勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例